【意見書】時効に関する特別の立法措置を求める意見書

東京電力福島第一原子力発電所事故による損害賠償請求権に対する民法上の消滅時効及び除斥期間の規定の適用を排除する特別の立法措置を求める意見書

 

2013年(平成25年)7月1日

 

東日本大震災による原発事故被災者支援弁護団(原発被災者弁護団)

 

第一 意見の趣旨

1 

平成23年3月に発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故により生じた原子力損害(原子力損害の賠償に関する法律(昭和36年法律第147号)第2条第2項にいう「原子力損害」をいう。)の賠償請求権について,民法第724条前段の3年の短期消滅時効の規定及び同法第167条第1項の10年の消滅時効の規定を適用しないものとする特別の立法措置を早急に講じるべきである。

2 

前項の原子力損害の賠償請求権については,民法第724条後段の除斥期間の規定を適用しないものとする特別の立法措置を早急に講じるべきである。

 

第二 意見の理由

第1 はじめに~本件原発事故の特性~

平成23年3月11日に東京電力福島第一原子力発電所における原発事故(以下,「本件原発事故」という。)が発生してから,既に2年3か月余りが経過した。しかし,今なお15万人以上の被害者が避難生活を強いられており,生活基盤を根こそぎ奪われ,経済的にも精神的にも困難な状況に置かれたままの状態にある。また,福島県内やその他の放射能汚染が懸念される地域から避難した人々や同地域にとどまって生活している人々も,放射線被曝の危険性と向き合い,様々な損害や不自由な生活に苦しみながら生活している現状にある。さらに,本件原発事故により大量に拡散された放射性物質が人体に与える影響については科学的知見が確立していない状況にあり,放射性物質の健康への影響が本件原発事故から長い年月を経た後に現れる可能性もあり,このような晩発性の健康障害の発生をも想定しておく必要性がある。

かかる意味で,我が国に原子力発電所が設置されて以来,経験したことのない未曽有の大事故である本件原発事故による被害は,いまだ全容も明らかでなく,その収束の見通しも立たない状況にあることに留意される必要がある。

 

第2 時効中断の特例法の内容と問題点

1 時効中断の特例法の内容

このような状況下,平成25年5月29日,「東日本大震災に係る原子力損害賠償紛争についての原子力損害賠償紛争審査会による和解仲介手続の利用に係る時効の中断の特例に関する法律案」(以下,「時効中断の特例法」という。)が成立し,同年6月5日に公布・施行された。

この時効中断の特例法の内容は,原子力損害賠償紛争解決センターへの和解仲介申立てを行った者が,和解仲介の打切りの通知を受けた日から1か月以内に,裁判所に訴えを提起した場合に,和解仲介の申立ての時に訴えを提起したこととみなすというものである。

すなわち,本件原発事故に関する損害賠償請求について,時効期間が経過する前に原子力損害賠償紛争解決センターへの和解仲介申立てを行っていた場合には,その和解仲介手続で和解が成立せずに同手続の途中で時効期間が満了してしまった場合でも,同センターから和解仲介の打切りの通知を受けた日から1か月以内に民事損害賠償請求を提訴した場合には,同センターへの和解仲介の申立ての時に訴えを提起したとみなすことで時効中断の効力を認めるというものである。

2 時効中断の特例法の問題点

しかしながら,この時効中断の特例法は,以下に指摘するとおり,①本件原発事故に係る損害賠償の請求権について民法上の時効規定が適用されることを排除しておらず,②時効中断の救済を受けられる被害者の範囲が極めて限定された者のみとされていること,③時効中断の救済を受けるためには,和解仲介の打切りから1か月以内に民事損害賠償請求訴訟の提訴が必要としている点で被害者に過酷な負担を強いるものであることから,同法のみでは,本件原発事故の被害者を迫りつつある時効による損害賠償請求権消滅のおそれから解放することはできないものである。同法は,本件原発事故の全ての被害についての確実な権利行使を保障し,これを実現するためには極めて不十分な法律であると指摘せざるを得ない。

 民法上の時効規定の適用を排除していない点

原子力損害賠償法(以下,「原賠法」という。)は,原子力損害についての損害賠償責任を定めており,損害賠償についての一般法である民法の特別法としての性格を有するものとされる。その結果,原賠法の規定に反しないかぎり,民法の規定が適用されると解釈されている。

そして,原賠法には同法に基づく損害賠償請求権の消滅時効に関する規定がないため,同請求権の時効に関しては,民法上の不法行為の損害賠償請求権の時効を定める民法724条前段の規定が当然に適用されるか否かの解釈問題が生じることとなり,この点については原賠法の制定趣旨等からして民法724条前段の規定は適用されないとの見解もあるものの,これを肯定する見解も存在している。

時効中断の特例法は,原賠法に基づく損害賠償請求権の消滅時効について上記の民法の規定の適用の有無について何ら規定していない。

このため,原賠法に基づく損害賠償請求権については,民法724条前段の「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは,時効によって消滅する(なお,継続的に発生する損害については,起算点はそれぞれの損害が発生したときから3年で消滅する)。」と解釈される余地があることは否定できない。

したがって,本件原発事故の損害賠償請求権について,民法第724条前段の適用を排除する法的措置を採らずにこのまま放置すると,被害者が被った損害の内容によっては,最短で平成26(2014)年3月10日の経過により時効を迎える可能性があり,被害者の権利の救済が阻害される事態が生じることとなる。

4 救済対象となる被害者の範囲及び損害項目が極めて限定される

上記の内容の時効中断の特例法では,救済される被害者の対象の範囲が,本件原発事故の全ての被害者ではなく,3年の時効期間の満了前に原子力紛争解決解センターに対して和解仲介申立てを行った被害者のみに限定され,しかも,センターに和解仲介の申立てをした損害項目についてしか時効中断の効果が得られないという重大な問題がある。以下に,具体的にかかる問題点を指摘する。

(1)和解仲介の申立てを行った被害者のみに限定することの問題点

本件原発事故による被害者は,福島県内外へ避難を継続中の被害者だけでも約15万人も存在しており,これに避難せずに放射性物質の影響下で福島県内に居住している被害者,避難区域外からの避難者,風評被害等の被害者等も加えると,その数は数十万人にも上るとも言われている。

これに対して,原子力損害賠償紛争解決センターへ和解仲介の申立ての件数は6,875件(平成25年6月24日時点)に留まっている。

この事実からしても,今後,全ての被害者が同センターに3年の時効期間が満了する前に自らが被った損害の賠償を求めて和解仲介の申立てを行うことは時間的にも同センターの事件処理能力からしても不可能である。

本件原発事故による被害者の数と被害の内容は相当に膨大なものとなる可能性が高いのであり,東京電力が請求書を送付する等の方法で現に把握している被害者の範囲はかなり限定されていることからして,この膨大な数の被害者が弁護士等による法的アドバイスを十分に受けた上で,現在ある東京電力の基準で和解するのか,あるいは原子力紛争解決センターへの和解仲介の申立てや訴訟で解決を図るかの決断をするには,到底3年という期間では足りないはずである。

殊に,被害者らは住む場所からも追い出されて生活基盤そのものを奪われた中での生活を強いられていることから,自らが被った被害について賠償請求することも困難な状況におかれていること,和解仲介手続という法的手段に訴えることは多くの被害者にとって精神的にも労力的にも大きな負担であることを十分に考慮する必要がある。

これらの事由からして,時効中断の特例法による救済対象の範囲は,現実的には非常に限定された結果となることが明らかである。

(2)和解仲介の申立てをした損害項目についてしか時効中断の効果が得られない

原子力損害賠償紛争解決センターへ和解仲介の申立てを既に行っている場合や今後に時効期間満了前に同申立てを行った場合においても,一部の損害項目しか賠償請求をしていない場合には,請求していない損害項目については時効中断の特例法による時効中断の効果が及ばないという重大な限界もある。

すなわち,訴訟手続において損害の一部のみを明示して請求した場合には,その他の損害については時効が中断せず,消滅時効が完成するとするのが一般的な法律上の解釈とされている。

ところが,現在,原子力損害賠償紛争解決センターに申し立てられている和解仲介の申立ては,損害が明確になっている損害項目のみを先行して申立てを行っているケースが多数存在しているのであり,全ての損害項目についての和解仲介の申立てが行われていない状況にある。

未だ自分の所有建物に安全な状態で立ち入ることができない被害者が損害を被った家財の内容を確認することができずその損害額の算定ができない状態に置かれている例や,除染や生活基盤の復旧の見通しが明確にならない状況下で帰還の可否の判断ができずに請求すべき不動産の賠償額の算定を行うことができない被害者など,損害の算定自体が困難な被害者が多数存在しているのである。

そして,そもそも本件原発事故により生じた損害は,不動産,家財,就労不能損害,生命身体損害,精神的損害,避難費用(避難及び帰宅に要する交通費,一時立入に要する交通費,避難宿泊費等),生活費増加費用(食費,交通費,水道光熱費,通信費,教育関係費等),避難中に新たに購入せざるを得なかった家財や衣類日用品の購入費用,営業用資産,営業損害等々,非常に多種多様であり,かつ,その損害額の算定自体が複雑困難であることから,被害者が全ての損害の内容を確定してその賠償を請求すること自体が困難なのである。

また,相続問題が発生している不動産や避難関連死の死亡慰謝料等の損害項目については,遺産分割協議の成立に時間を要するために未だに和解仲介の申立てができないケースもある。

さらには,原子力損害賠償紛争解決センターがこれまでに提示してきた和解案の内容から,同センターでの解決が期待できないとして,やむを得ず先送りとして,当初から同センターへの申立てから除外している損害項目もあり,和解仲介手続で一部申立てを取り下げている損害項目も少なからず存在しているのである。

このように,本時効中断の特例法の適用では,被害者が全ての損害についての和解仲介の申立てを行わない限り,時効中断の効果を得られないのであり,被害者が被った全ての被害の適正な賠償を実現する上では極めて不十分な内容であると指摘させざるを得ないものである。

5 和解仲介打切り後1か月以内に提訴を求めることの困難性

時効中断の特例法は,原子力損害賠償紛争解決センターから和解仲介の打切りの通知を受けた日から1か月以内に民事損害賠償請求訴訟を提起することを時効中断のための要件としている。

しかしながら,時効中断のために訴訟の提起を必要とすることは被害者らに精神的にも経済的にも過大な負担を強いるものであり,しかも,和解仲介の打切りの通知をうけてから1か月以内という提訴の期限は,極めて短いものであり,この点においても被害者らに困難を強いるものである。

先に指摘したとおり,多くの被害者は住む場所から追い出され,生活基盤そのものを奪われて今後の生活設計が立てられない中で避難生活を続けているのであり,かかる状況にある被害者らは,精神的にも物理的にも訴訟提起を準備し得る環境におかれていないのである。訴訟を提起するには全ての損害の算定を行うことが必要とされるところ,被害者は未だに自宅に立ち入ることができない状態にあること等の事情から,その損害の算定と損害を証明するための証拠の収集を十分に行い得る環境にないことは既に指摘したとおりである。そして,訴訟を提起するには印紙代等の訴訟費用が必要とされるのであり,避難生活により経済的に困窮している被害者にとって訴訟費用の支出は大きな負担となるのである。

 

第3 東京電力の対応の問題点

1 

東京電力は,平成25年2月4日に「原子力損害賠償債権の消滅時効に関する弊社の考え方について」と題する見解を公表し,①時効の起算点については,被害者が事実上請求することが可能となった時,具体的には東京電力がそれぞれの損害について賠償請求の受付を開始した時とし,②時効中断事由について,東京電力の被害者に対する請求書又はダイレクトメールの送付は「債務の承認」に該当し,被害者が請求書等を受領した時点から新たな時効期間が進行するものとしている。

2 

しかし,かかる東京電力の対応は,以下の理由からして,被害者の救済にとって極めて不十分なものと言わざるを得ない。

(1)東京電力が被害者に送付した請求書には,東京電力自らが賠償義務を認めた損害項目しか記載されていないのであり,中間指針において具体化されていない損害項目等の東京電力が賠償に応じていない損害については,この請求書の送付による賠償が実現されていないし,時効中断事由としての東京電力による損害賠償債務の承認もなされていないこととなる。このため,これらの損害項目については,東京電力が本件原発事故時から3年で時効期間が経過したとの対応を行う可能性がある。

(2)東京電力が被害者に送付した請求書に記載されている損害項目であっても,避難慰謝料等の賠償額に上限を設定して請求書が送付されている場合に,その東京電力の賠償上限額を超える被害者の損害賠償請求については,東京電力は債務の承認は行っていないとして本件原発事故時から3年で時効期間が経過したとの対応を行う可能性がある。

(3)東京電力の請求書等は,仮払金補償金の支払対象者の約16万5000人等の東京電力が自社の基準により被害者であると判断した人のみに送付されているにすぎないのであり,この請求書の送付によって時効中断の効果が及ぶ被害者の範囲は,被害者全体の数からすれば限られている。

避難等対象地域以外で放射能汚染が懸念される地域に居住する住民の大多数や,風評被害等の営業損害が発生していて東京電力によってその事実が把握されていない事業所等の東京電力から請求書等が送付されていない被害者の損害賠償請求権については,本件原発事故時から3年で消滅時効が完成してしまうことになる。

(4)東京電力から請求書等が送付されても,この送付を受けた被害者全員が東京電力に対して損害賠償の請求を行い得る保障もない。現に,東京電力は,平成25年5月末時点で,請求書等の送付を受けた者の内で1万1214人が東京電力に対して損害賠償を未請求の状態にあるとの報告を行っている。

そして,これらの未請求者の中には,仮設住宅等の避難先で孤立した生活を強いられている高齢者や障がい者など,請求書が送付されても独力で請求手続を行うことができない者も多数存在していると推認されるのである。

これらの被害者が今後,東京電力が債務承認を行ったとする請求書等の送付時点から時効期間が満了する前に確実に損害賠償の請求を行い得る保障はないのである。

なお,上記の東京電力が報告している「未請求者1万1214人」の算出方法は明らかにされていない。請求書等は被害者に請求期間ごとに複数回送付されているが,その内の賠償請求を行ったのが1回のみでその後に請求を行っていない者を「未請求者」に含めていない場合には,未請求者の数はより多い計算となる。

(5)東京電力の見解によっても,請求書等が送付されてから3年が経過すれば損害賠償請求権は時効消滅することになる。東京電力が請求書を送付した被害者に対して,同被害者から実際に損害賠償の請求がなされるまで繰り返し請求書等の送付を行うことで債務の承認を行い続けることの確認はなされていない。

(6)避難後の転居先不明や避難に伴う世帯分離等の理由により東京電力からの請求書が送付されていない被害者や,避難継続中に請求書等を紛失した被害者は多数存在している。そして,東京電力は,これらの被害者に対して,請求書の受領を証明できない限り,消滅時効は本件事故後3年間で完成するとの法律上の主張を行う可能性は否定できない。

3 

したがって,「請求書の送付,これによる債務の承認」という考え方による東京電力の対応のみでは,被害者の損害賠償請求の時効消滅という不当な結果は回避できない。また,東京電力の今後の請求書等の送付・債務の承認という加害者側の意思,行為という不安定かつ不確実な要因によって被害者の権利の存続が影響を受けるような事態が生ずることは許されないはずである。

 

第4 民法上の消滅時効の適用の排除

第2で述べたとおり,時効中断の特例法案を成立させるのみでは,全ての被害者につき,短期消滅時効による損害賠償請求権の消滅のおそれと不安から解放させるに至らない。

そこで,当弁護団としては,平成26年3月11日を迎える前に,本件原発事故に関する損害賠償請求権について,民法第724条前段の短期消滅時効の規定の適用を排除する法的措置を採るべきと考える。

本件原発事故から3年の経過を間近に控え,まずは何よりも「3年で請求権が消滅してしまうかもしれない」という被害者の不安を解消するためには当該選択しかあり得ないからである。

そして,民法724条前段の適用を排除した場合に,消滅時効の原則を定めた民法第166条1項「消滅時効は権利を行使することができる時から進行する」との規定及び同第167条の「債権は,十年間行使しないときは,消滅する」との規定が適用されることにより本件原発事故に関する損害賠償請求権の時効期間が10年と解釈されるのかが問題となるが,同損害賠償請求権については民法第166条及び同第167条1項の規定も適用されないと考えるべきである。

なぜなら,本件事故は未だ収束したとはいえず,実際に先の見えない避難生活の継続等の様々な被害が継続しており,財産上の損害についても生命身体損害についても今後に被害の実態が確定,顕在化するまでに一定の期間がかかるものと予測され,今後のどの時点をもって時効期間算定の起算点と認定するのかが困難な状況にあることから,平成23年3月11日から10年が経過した時点において本件原発時効に関する損害賠償請求権が消滅時効にかかるという立法や解釈を行うことは,被害者の完全な損害賠償請求権の行使を妨げる恐れが高く,同請求権の時効消滅の不安を解消したことにはならないからである。

 

第5 民法上の除斥期間の適用の排除

1 原賠法と民法第724条後段の関係

原賠法では,賠償請求権の除斥期間については特に定められていないため,本件原発事故に関する損害賠償請求権について,一般法である民法第724条後段の「不法行為の時から20年を経過したときも,同様とする。」との規定が適用され,本件原発事故から20年が経過した時にその権利行使が不可能とされるのかが問題となる。

この民法第724条後段は,除斥期間であると解されており,消滅時効とは異なり,当事者の援用を必要とせず,中断は認められず,権利の発生した時を起算点とすると解釈されていることから,同規定が適用されるときは,被害者が損害及び加害者を知った時点に関わらず,また,加害者である東京電力の債務の承認等の時効中断事由の有無に拘わらず,本件原発事故時から20年の経過により一律にその権利行使が不可能とされることになる。

2 本件原発事故の賠償請求と除斥期間の設定の可否 

前記第1で指摘した本件原発事故の被害の特性に鑑みれば,全ての被害者が十分な期間にわたり賠償請求権の行使が可能となるようにすべく,除斥期間を定める民法第724条後段の適用を排除すべきである。

特に,本件原発事故時から一定の期間を経過した後に発生する可能性のある晩発性の健康障害については,被害者が十分な期間にわたり賠償請求権の行使が可能となるよう,除斥期間の適用をなくし,被害者の救済を図るべきである。

もともと長期間の経過後に損害の発生が確認されることが想定される原子力損害については,除斥期間により一律に損害賠償請求権を消滅させることは正義に反し,原子力事業者である東京電力は,被害者救済により本件事故についての責任を全うすべき立場にあり,除斥期間の規定を排除することで本件原発事故の加害者である東京電力に対し過度に不利益を与えることはならないはずである。

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なお,仮に,除斥期間を設けるとしても,国際条約(改正パリ条約,改正ウィーン条約,原子力損害の補完的保証に関する条約(CSC))の内容等の国際的水準や国際的動向を踏まえ,除斥期間の設定は慎重に行うべきである(改正パリ条約,改正ウィーン条約等は除斥期間を事故発生後30年としている)。

また,仮に除斥期間を設ける場合の除斥期間の起算点については,損害が現実化,顕在化した時点を起算点にすべきである。

鉱業法115条,大気汚染防止法25条の2,水質汚濁防止法20条3,また,製造物責任法5条では,「身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質による」損害や「一定の潜伏期間が経過したのちに症状が現れる損害」について,いずれも「損害の発生の時」を除斥期間の起算点と定めており,原子力損害についても同様の特則を設けるべきである。

 

第6 終わりに~時効・除斥期間の問題の解決に当たり不可欠な視点~

以上述べたとおり,本件原発事故の全ての被害者が十分な期間にわたり賠償請求権の行使が可能となるよう,国は直ちに民法上の短期消滅時効及び除斥期間の規定の適用を排除する立法措置を採るべきである。そして,仮に,消滅時効や除斥期間につき特別の定めを設けるとしても,本件原発事故の被害の特性や国際的水準を踏まえた内容とすることが不可欠である。

重ねて述べるが,本件原発事故は未曽有の被害をもたらした過去に例のないものである。それゆえ,過去に特別の立法をした例がないから,今回,別の立法は不要であるなどという議論は根拠にすらならない。

加害者である東京電力はプレスリリースにおいて一定の場合に時効主張をしない旨発表するが,場当たり的な個別対応であることは明らかであり,全ての被害者を時効消滅の不安から解消させるには程遠い。

また,本件原発事故の終息がいつかという議論があり,時効の起算点の考え方によっては単純に本件原発事故の発生から3年の経過で時効にかかるわけではないともいえるが,法律の素人である被害者がかかる解釈があり得るということで安心できるとは到底いえない。もとより相談を受ける法律実務家ですらこのような解釈に絶対の自信を持って答えることはできないのである。法律の解釈によって異なる結果があるなどという法的なアドバイスは被害者に不安を増加させるだけである。

特に長引く避難生活や放射性物質の不安にさらされている被害者にとって,元の生活に戻る目途が何ら立っていないにもかかわらず,さらに損害賠償請求権消滅の恐れに悩まなければならないのはそれ自体が精神的苦痛である。

時効中断の特例法案の審議においては,平成25年5月17日の衆議院文部科学委員会において,「東京電力福島第一原子力発電所事故の被害の特性に鑑み,東日本大震災に係る原子力損害の賠償請求権については,全ての被害者が十分な期間にわたり賠償請求権の行使が可能となるよう,短期消滅時効及び消滅時効・除斥期間に関して検討を加え,法的措置の検討を含む必要な措置を講じること。」等を内容とする附帯決議が可決されている。また,同年5月28日の参議院文部科学委員会においても「全ての被害者が十分な期間にわたり賠償請求権の行使が可能となるよう,平成25年度中に短期消滅時効及び消滅時効・除斥期間に関して,法的措置の検討を含む必要な措置を講じること。」等を内容とする附帯決議が可決されている。

かかる附帯決議を受けて,国は,1日も早く被害者を時効消滅の不安から解消するべく,一義的でわかりやすい立法措置を採らなければならない。

 

 以上

 

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