ADRの現状と課題~原発事故後2年を振り返って~

ADRの現状と課題~原発事故後2年を振り返って~

原発被災者弁護団

副団長 弁護士 大森秀昭

 

1 当弁護団の活動概要

平成25年3月7日現在,当弁護団の所属弁護団員数は377名であり,ADR(裁判外紛争手続)としての原子力損害賠償紛争解決センター(以下「原紛センター」という。)への申立受任件数は,個人案件約4400人,法人案件52法人,この内,原紛センターへの申立済件数は,274件(集団申立を含む個人案件の申立人数は約3880名,法人案件は37法人)となっている。

当弁護団では,原子力損害賠償紛争審査会が策定した中間指針が明記した損害が「賠償すべき損害として一定の類型化が可能な損害項目やその範囲等」であり,中間指針が自ら「中間指針に明記されない個別の損害が賠償されないということのないよう留意されることが必要である」としているように賠償基準として不十分なものであったこと,避難に伴う精神的損害として示された目安額が月額10万円(避難所の場合は12万円)と低額にすぎるものであったこと,しかもその精神的損害額には避難中の生活費の増加分も含むとして避難生活中に購入を強いられた衣類,家財等の支出額の賠償を認めないものであったこと等の多くの問題があったことから,被害者にとって不十分で不公平な基準であると判断し,適正な賠償基準の確立と公平で迅速な賠償の実現を目指すために,平成23年9月1日,原紛センターの受付開始と同時に和解仲介申立を行い,これまでの間,同センターへの申立を軸に活動を行ってきた。

被害者の居住地別にみると,東京都内ないし東京都近県への避難者からの個別相談,受任を行うにとどまらず,南相馬市,飯館村長泥地区といった地域毎の集団申立(南相馬市原町区465世帯1470人,南相馬市小高区193世帯606人,飯舘村長泥地区51世帯199人等)を行ってきた。直近では,特定避難勧奨地点の地域である伊達市霊山町の小国,坂ノ上・八木平,月舘町の相葭地区の避難指定を受けていない住民323世帯991人について,平成25年2月5日,集団申立を行ったところである。

 

2 原紛センターの現状と問題点

(1) 審理の遅滞

原紛センターにおける審理について,現在では,当弁護団の申立案件についても和解が成立した件数も増えつつある。しかし,前記の当弁護団の申立件数274件の内で全部和解が成立した件数は63件に過ぎない。この原因は,原紛センターの審理の遅れに大きな原因がある。

原紛センターは,その人的な態勢が不足していることを主な原因として,当初は申立受理から1ヶ月以内に審理開始,3ヶ月以内に和解案提示とされていた審理予定が,実際には約8ヶ月の審理期間を要しており,当初の目標から大幅に遅れ,さらに未済案件が3000件を超えて滞留しているという現状にある(原紛センターの平成24年の活動状況報告書によれば平成24年12月末日時点の未済件数累計は3201件である)。

原紛センターでは,現在,その機能を強化すべく,日弁連,各弁護士会の協力のもと,仲介委員の増員,調査官の大幅な増員を図られているところであり,今後,審理の迅速化が図られることを期待したい。

 

(2) 東京電力側の訴訟モデル対応等

また,原紛センターにおける解決の遅滞は,原紛センターの態勢のみならず,東京電力側が賠償範囲や賠償額について同社基準に固執したり,多項目にわたる認否保留や,損害に関する詳細な主張や立証を申立人に要求するといった対応が大きく起因している。この点については,原紛センターの平成24年の活動状況報告書においても,「東京電力においては,迅速な紛争解決に役に立つのか疑問なしとしない多量の釈明,資料提出要求がいまだに多く,訴訟モデルを脱しきれていない状態にあり,改善が望まれる」と指摘されているところである。

ただし,この点については,原紛センターにおいても,仲介委員によっては,和解案に対する東京電力の同意を得るべく,同社の要求に応じて申立人側に過度な主張,立証を求めるといった対応がなされており,このことが,審理を遅滞させ,解決までの期間を要することになった原因であるとみられる事例も散見されている。

制度設計上,原紛センターが裁定的機能を有しておらず,その和解案を東京電力が拒否することができる構造になっていることにそもそも問題がある。とはいえ,原紛センターには,和解による解決の指導的な役割が求められていることを改めて認識し,東京電力に対しては,その意向にかかわらず,これを受諾するように説得し,和解案を提示する以上は和解成立させるといった意識を強く持ったうえでの対応を望むものである。

(3) 中間指針の硬直的適用

さらに,中間指針における基準は,あくまでも本件原発事故の賠償に関する最低基準ないし目安にすぎないにもかかわらず,原紛センターの仲介委員から提示されていた和解案の中には,申立人らの個別事情を考慮することなく中間指針の基準を硬直的に捉えて適用しただけと判断せざるをえない内容の和解案がみられ,このようなことから被害者の納得を得られず,解決が遅滞せざるをえなかった案件も多いといえる。

ここ最近では,慰謝料に関し,個別具体的な事情に応じた増額した内容の和解案が少なからずみられるようになってきているが,原紛センターにおいては,あくまでも賠償額の目安に過ぎない中間指針の示した賠償額にとらわれることなく,個別具体的な損害の実態に応じた適正な賠償が行われるような判断が多くなされることが強く期待される。

 

(4) チャンピオン方式の停滞

当弁護団は,前述のとおり複数の集団申立事件を担当しており,同事案では1つの申立事件で250を越える世帯に対する適正な賠償を一挙に実現することを原紛センターに求めている。この集団申立事件について原紛センターは「チャンピオン方式」なる方法を採用し,先ず代表案件を選定して原紛センターが和解案を提示し,他の案件については代表案件の和解案で示された基準,考え方を適用して申立人と被申立人との直接交渉で和解解決に到達することを委ねている。

しかしながら,このチャンピオン方式がうまく機能しているとは言い難い現状にある。その理由は,代表案件で示された和解案が損害項目毎に一定の基準によって定額化されたものではなく,個別事情の積み上げにより損額額を算定,確定する作業が必要とされるため,申立人と被申立人との直接交渉では見解の相違により解決に至らない部分が残り,最終的には仲介委員の裁定を仰いで解決するという経過を強いられるからである。そして,この過程に長い時間を費やしているのが現状なのである。

この点については,例えば,避難中の家財等購入費や衣類日用品購入費等の生活費増加額について,原紛センターが自ら損害の実態調査を行う,和解解決例を集積して標準的な損害額を算定する等の方法によって,被害者の納得の得られる必要かつ十分な標準賠償額を設定する等,避難実態に即して類型化された損害項目ごとに合理的な賠償額の基準を定立することが必要であり,それにより適正な和解の成立が迅速化されることを求めたい。

 

(5) 口頭審理の不開催等

原紛センターは,前記の審理遅滞,未済案件3000件超の原因が同センターの人的な態勢が不足にあるとし,この現状においては全件について口頭審理を行うことが不可能であるとして,書面審理のみにより和解案を提示する方法を活用していくという方針をとっている。また,口頭審理を開催する場合でも原紛センターの東京事務所でのみ行い,被害者の避難先に出向いて口頭審理を行うことは極めて僅かな例外的な場合とする扱いとしている。

そして,かかる審理方法では,被害者は蚊帳の外に置かれ,自らの被害の実態を訴える場さえも与えられず和解案を示されることになる。また,仲介委員らも,被害者の声を聞かず,被害の実情を目にすることもなく和解案を提示する結果となるのである。

しかし,このような方法では,およそ適正な賠償を実現し得る和解案が提示されるとは考えられないし,申立人である被害者の納得の得られる解決には辿り着かないのであり,全件で口頭審理を開催して審理を行うことを原則とすべきである。

また,原紛センターは,集団申立案件で口頭審理を行う際に,チャンピオン・代表案件の当事者のみの参加を認め,これに非代表者の申立人の参加を認めない方針を固持している。しかし,1つの同じ事件において一部の当事者の参加しか認めない方式では,口頭審理に参加できなかった多数の申立人の納得が得られる解決を実現することはできない。口頭審理を申立人らに公開する等の改善策を講じることが必要と考える。

 

(6) 内払和解の拒否,直接請求の拒絶

現在,原紛センターでは,被申立人の答弁書提出後,申立人と被申立人の争いのない部分については早期に内払和解を先行させる方針がとられている。かかる対応は,経済的に苦境に立たされている被害者にとっては,現在の原紛センターでの審理遅滞の状況下,必要不可欠なものである。しかし,これに対して東京電力側は,東京電力に直接請求を行い一部の損害について賠償を受領している者については,後の清算関係が複雑となる等の独自の見解を主張して,内払和解を拒否する対応をとっている。そして,この東京電力の対応によって原紛センターへの申立を取り下げる選択を強いられる申立人も出現しているのである。

また,東京電力は,原紛センターへの申立を行った被害者がその申立に含まれていない損害項目の賠償を直接請求した場合に,これに応じないという対応を行っているケースもある。そして,この為に原紛センターへの申立を取り下げる被害者も存在しているのである。

かかる東京電力の不当な対応については,原紛センターからの指導がなされているはずであるが,未だ改められていない。原紛センターの和解仲介手続と直接請求手続との調整が徹底される必要がある。

 

(7) 遅延損害金の放棄条項

現状,原紛センターの提示する和解案では,発生した損害に関する遅延損害金を全く考慮せずに和解額が算定されている。しかも提示された和解案では遅延損害金を放棄させる内容での清算条項が付されている。

しかし,原発事故発生から既に2年が経過しようとしている時点において,遅延損害金は無視できない金額となっている。特に不動産の賠償等の多額な損害に関する和解を行う場合に一律に遅延損害金額を無視した和解案を提示することに合理的理由は見いだせないはずである。

また,原紛センターが遅延損害金を無視した和解案を提示することが,東京電力側の過大とも言える訴訟モデル対応を助長しているとも言えるのである。

この点については,適正な賠償を実現すべく早期に是正される必要がある。

 

(8) 清算条項と一部和解受諾の不許容

原紛センターの仲介委員が提示する和解案には,申立人が請求を行った損害の範囲に含まれているか否かを問わず,包括的かつ概括的に清算条項を付する取扱がなされている例が多い。しかし,申立人の請求の範囲を越えて清算条項を付するには,申立人への十分な説明とこれについての同意が必要なはずである。損害を立証する証拠資料が和解後に発見された場合に,その損害の賠償請求を許さない内容の和解案を示すことには十分な配慮がなされるべきである。また,清算条項を付す損害項目には明確な定義付けが必要である。和解対象とした損害項目が曖昧なまま清算条項を付することは,被害者である申立人に不利益を強いる可能性がある。

さらに,原紛センターの仲介委員には,申立人に対して,原紛センターが提示した和解案の全てを受諾するか,全てを拒否するかの選択を迫り,その一部のみを受諾する選択肢を与えない対応をする例も見受けられる。清算条項を付した和解の成立を求めている場合には,かかる対応は許されるべきではない。

 

3 今後の課題

(1)

 今後は,不動産を中心とした財物賠償請求が本格化していくことになると考えられるが,東京電力から平成24年7月24日に公表された不動産の賠償基準は,そもそも加害者側である東京電力が示した基準である,というのみならず,被害者の生活基盤を回復し,生活を再建することを念頭においてみると極めて不十分であり,適正賠償の観点から看過しがたい問題点が存在している。

財物賠償請求については,交換価値を基準とするのみならず,生活再建の観点を加味した上で,適切な賠償の方針,基準を定めることを求めていくことが必要不可欠であり,当弁護団では,再取得価格に基づく財物賠償の基準の確立を模索し,検討を進めているところである。

 

(2)

また,喫緊の課題としては,本件原発事故に関する損害賠償請求権の消滅時効の問題があげられる。この点について,東京電力は,「仮払補償金を支払っている被害者については,請求書等を受領した時から再び新たな時効(3年間)が進行する」という考え方を発表し,その他の被害者についても,時効の完成をもって一律に賠償請求をお断りすることは考えておらず,時効完成後も請求者の個別のご事情をふまえ,消滅時効に関して柔軟な対応を行う,と公表している。

しかしながら,かかる東京電力が公表した対応の具体的な内容は極めて不明確であり,原紛センターへの和解仲介申立が時効中断効を有しない現状の制度の下では,訴訟を提起しない限り損害賠償請求権を行使することができないのではないか,といった不安を抱える被災者に対する救済策としては極めて不十分であるといわざるをえない。また,東京電力が公表した対応では,加害者側である東京電力が設定した被害者の範囲に応じて,消滅時効に関する対応がなされる設定となっており,東京電力が被害者であると認めていない自主的避難者などについては,救済されないおそれが極めて大きいことも問題である。

この点,本件事故による全ての損害賠償請求権について,本件原発事故の全貌,ひいては被害状況の全容が必ずしも明らかになっていない現状においては,本件原発事故の被害者を等しく救済すべく,一律に立法的措置を講じることが必要であるというべきである。当弁護団においても,日弁連をはじめ,関係諸機関と連携の上,その実現に向けての活動を検討していくべきと考えている。

 

(3)

さらに,先に述べたとおり,当弁護団では,原紛センターへの和解仲介申立を軸とした活動を行ってきており,今後も当面の間は,この方針での活動を行うことを予定している。そして,前記2の(1)から(8)で指摘した原紛センターが抱えている問題点の改善を求め,早期に適正な賠償が実現されるべく努力を続けていく所存である。

また,全国の弁護団などでは,訴訟に向けた活動が活発になってきているところ,当弁護団においても,今後は,原紛センターが和解案提示において判断を示さず先送りにした事項,清算条項を付さない形で和解案が提示された結果で完全な賠償が実現されていない事項等,同センターの和解仲介手続において十分な賠償が実現されなかった損害について,被害者の生活再建の状況,被害地の復旧状況等に応じて,訴訟提起を行うことを見据えつつ,検討を進めているところである。

 

4 最後に

本件原発事故から,2年が過ぎようとしている今でも,解決しなければならない問題は山積しており,未だ先の見通しもままならないといわざるをえないのが現状であり,それとともに,被害者の不安も日増しに増大していることを痛感する。

当弁護団は,今後も被害者の方々への適正な賠償,更には地域の復興と被害者の方々の生活再建の実現を最大かつ最終の目標とし,今後も,日々の活動に取り組んでいく所存である。

 

 以 上