経済産業省、東京電力が公表した賠償基準等に対する意見

経済産業省、東京電力が公表した賠償基準等に対する意見

 

 

2012年8月23日

原発被災者弁護団

 

  2012年7月20日、経済産業省が「避難指示区域の見直しに伴う賠償基準の考え方」を、7月24日には東京電力がプレスリリースにて「避難指示区域の見直しに伴う賠償の実施について」(避難指示区域内、旧緊急時避難準備区域等)をそれぞれ公表した。

 今般出されたこれらの基準には以下の通りの問題点及び留意点があることについて意見表明する。

 

第1 経済産業省発表の「避難指示区域の見直しに伴う賠償基準の考え方」について

 1 策定過程の不透明さ

   経済産業省によれば、この度の「賠償基準の考え方」は、今後の避難指示区域見直し及び被害者の生活再建に密接に関わるものであり、政府として、その策定を東京電力任せにせず、被害を受けた自治体、住民の方々の意見や実情を伺い、これを踏まえて賠償基準に反映させるべき考え方について取りまとめを行った、とのことである。

   確かに、区域見直しに伴う賠償基準は被害者の生活再建に関わる極めて重要なものであり、これを東京電力が一方的に決めることは許されないものである。

   しかしながら、経済産業省が「被害を受けた自治体、住民の方々の意見や実情を伺った」ということについては、その内容や経過が何ら公表されておらず、どのような議論を経て今回の賠償基準が策定されたのか全く不明である。

   そもそも原子力損害賠償の紛争の解決指針は、昨年から文部科学省の下に設置されている原子力損害賠償紛争審査会において議論・策定されてきたはずである。当該審査会での指針は、被害実態が必ずしも十分に明らかになっていない状況で策定されたにも関わらず、あたかも確定された基準のように扱われることもあるなどの問題があるものの、少なくとも審議の資料や議事録が公開されており、策定過程を一応は理解することができた。これに対し、経済産業省が公表した「賠償基準の考え方」はその策定過程の透明性が全く確保されていないという問題がある。被害を受けた住民や自治体の被害状況や意見は様々であるところ、どういった点を重視し、またどのような観点や根拠に基づき賠償額の合理性や公平性を確保しようとしたのかを公表するべきである。

 2 考え方の位置付け

   さらに、経済産業省の「賠償基準の考え方」が絶対的なものと扱われないように留意する必要がある。原子力損害賠償紛争審査会の中間指針(追補、第二次追補含む)もそれがあくまでも「中間の」ものであり、しかも個別具体的な事情による同指針の定める基準を超える賠償額の算定を許容しているものであるにもかかわらず、実際には原子力損害賠償紛争解決センターにおいてはあたかも最高裁判決のように扱う仲介委員も少なくない。いうまでもなくそれは中間指針の位置付けを見誤ったものである。

今般、経済産業省が「賠償基準の考え方」を公表したことで、今度はこれが国の出した基準として、あたかも賠償の絶対的目安と評価される恐れがある。

 3 被害者の実情に応じた賠償を

経済産業省は、同基準の公表にあたって「今回、政府の考え方を踏まえて東京電力から公表される賠償基準は、住民による詳細な損害証明等を経ることなく、より多くの住民が簡便かつ迅速に賠償金の支払いを受けるための選択肢を提供するものです。」とし、また「個別に特別な事情があるなど、基準によることが適当ではない場合には、個別請求による手続きや、あるいは和解仲介手続き等による解決を選択することも当然に可能」としており、原子力賠償紛争解決センターや裁判所等では、同基準にとらわれない賠償がなされるべきことを示唆している。さらに、枝野幸男経済産業相が閣議後記者会見で、同基準について「上限ではない」と指摘した上で、東京電力に対し「個別の賠償案件に丁寧に対応するよう強く指導する」と強調したことも重く受け止められるべきである。

このように、東京電力には、経済産業省が公表した「賠償基準の考え方」を盾にすることなく、あくまでも個々の被害者の実情を踏まえた賠償に応じることが求められているのである。

 

第2 避難指示区域内の不動産賠償についての問題

 1 東京電力は、「事故発生時に避難指示区域内に宅地・建物を所有されていた方に対し、当該財物価値の喪失または減少分を賠償させていただきます。」とし、帰還困難区域については全額賠償を、居住制限区域、避難指示解除準備区域については避難指示の解除見込み時期に応じた避難指示期間割合を乗じて算定した金額を賠償するとしている。

   そして、土地については平成22年度の固定資産税評価額を用いて賠償額を算定し、建物については固定資産税評価額を用いて経年減価を考慮して算定する方法、国土交通省が公表している建築着工統計調査報告に基づく平均新築単価を基礎として経年減価を考慮して算定する方法、個別評価に基づいて算定する方法の中から選択できるとする。

   しかしながらかような賠償基準には少なくとも以下のような問題がある。

2 事故前と同等の生活再建を可能にする賠償が必要とされる

  住居としての不動産は、生活の基盤であり、事故によりその基盤を一方的に奪われるいわれはなく、可及的に事故前と同等の生活ができる状態に回復させることが必要であり、それを実現し得る賠償を行うことが公平である。

   しかしながら、事故発生時に所有していた不動産の事故直前の市場価格や経年減価に基づく評価方法により算定される賠償額のみでは、事故前と同程度の生活を再建できる代替不動産を取得することは、ほとんど不可能であると指摘せざるを得ない。

 すなわち、避難指示区域内に住居を有していた者は、原発周辺の広範囲の土地が放射線に汚染された結果、従前の住居地の近傍に適切な代替不動産を確保することは不可能であり、他の地域で不動産を購入する等して新たな地を生活の本拠とせざるをえないが、代わりの土地を買い求めようとしても選択肢の幅は限られており、また経済的にも困難を伴う。例えば、大熊町に居住していた者がいわき市内に居を構えようとしても、現在いわき市内の不動産は需要の高まりにより高騰しており、被害者は従前の不動産価値の賠償額では同等の不動産を購入することができない状況にある。また、現在避難生活を継続している場所で新たに土地を購入しようとした時にその地域の地価水準が従前住居地の地価水準を大きく上回っている場合も少なくないと想定されるのである。

さらに、居住用建物の再取得についても、被害者が従前に居住していたと同等の床面積、構造、築年数の代替建物を中古住宅市場で調達することは、観念的には可能であっても現実には不可能であり、被害者は個別の事情に応じて選択した移転先で新たに住宅を新築することを必要とされ、従前の居住家屋の経年減価を踏まえた評価額をはるかに超える支出を強いられることが容易に予測されるのである。また、先祖から受け継いだ築後50年、60年以上の建物で修繕を重ねながら住み続けてきた被害者も少なくないと想定されるところ、そのような建物を経年減価により残存価値の下限の20%しかないと評価された場合には、その被害者が新たな移転先で建物を確保することは到底できない。そのような建物についても本件事故さえなければ実際には相当長期間使用されたはずであり、こういった実態を無視し、築年数の長い建物につき、およそ再建築の困難な低率で一律に評価しようとすることは適正な賠償とはいえない。

   よって、居住用不動産の賠償については、あくまでも被害者が選択した新たな居住地において生活を再建できるに足りる不動産の再取得価格を賠償額として設定するべきである。そして、被害者は本件事故により、各々の事情に基づき日本全国に避難せざるをえない状況におかれているのだから、この生活再建に足りる再取得価格の算定においては、日本国内のどこに新たな居住地を選択した場合においても平均的な宅地を確保できる価格を居住用土地取得のための賠償標準価格とし、建物の再取得価格については公共用地の取得に伴う損失補償基準に基づき算定される再取得費用額と平均的な床面積の住居を新築するための建築費用額を基準として賠償額が算定されるべきである。この居住用不動産の再取得価格の算定方法については追って当弁護団の具体的算定基準を発表する予定である。

 3 帰還困難区域のみを全損の賠償の対象としていること

   東京電力の上記基準によれば、居住制限区域、避難指示解除準備区域内等に不動産を所有していた者は現時点で全損の賠償を受けることができない。しかしながら、区域の見直し自体が必ずしも住民の意思が十分に反映されたものではないことに十分留意されるべきである。これに加えて数年後に解除がされる可能性があるとはいえその時期は不確定であり、インフラの整備に時間を要し現在想定されている以上に長期間におよぶ可能性も否定できないことから、被害者らの諸事情(放射線量への健康不安、避難先での新たな就労の開始、解除後の就労先確保の不安、学校の移転等)により帰還しないことを前提に他の地域で生活再建をするという選択肢を現時点でとる者も実際少なくない。よって、全損を帰還困難区域のみに限定するのは不当である。

 4 建物についての基準の問題点

   東京電力の賠償基準では建物の賠償について、「個別評価の方法を選択した場合には、原則として、個別評価に基づき算定した賠償金をお支払いさせていただきます。」とあり、あたかも個別評価した場合には他の選択肢が封じられるとも読める点は問題である。個別評価後に当該額による請求をするかどうかの選択権はなお被害者に認められなければならない。

 

第3 避難指示区域内の家財に係る賠償について

   東京電力は、経済産業省の公表基準を踏襲し、世帯人数・家族構成ごとに定額の賠償をする旨公表している。しかし、そもそも経済産業省が公表した評価表の根拠が不明である。当該評価表の妥当性については慎重な議論が必要であり、損保会社の家財評価表(再調達価額・新価)を基準とした賠償など、一層の工夫が求められる。

 

第4 避難指示区域内の精神的損害慰謝料について

   東京電力は、帰還困難区域の住民について、2012年6月1日から2017年5月31日までを賠償の対象期間として600万円の精神的損害慰謝料を一括で支払うとするが、慰謝すべき精神的損害は,被災自治体や被災者の事情によっては相当長期に亘って継続することが予想されるのであるし、区域の見直し時期等地域により様々な事情がありうるので、当該期間はその始期においても終期においても一律に上記のごとくに限定される合理性はない。

   居住制限区域、避難指示解除準備区域の住民については避難指示解除までの見込み時期に応じるとして、不動産同様に住民の意思を尊重することなしに,形式的な区域分けと政府が一方的に決める解除時期によって、一括請求の期間を決してしまっていることは問題である。

   加えて、精神的損害といっても避難に伴うもの(日常生活阻害慰謝料)に限られるものではない。帰還できないことにより友人・知人関係、仕事、趣味等を失ったこと、家族や親族と離ればなれになっていること、被曝による健康の不安を抱えていること、将来の不安が解消されないこと、不当な差別や偏見にあっていること等様々なものがあるのだから、そもそも避難に伴う慰謝料としても低額にすぎる月10万円では元々慰謝されえないものである。

しかも、東京電力は慰謝料について「避難に伴う生活費の増分を含みます」としており、あたかも包括請求で慰謝料を受領したら別途避難に伴う実費はもはや請求できないかのように記載している。当然のことながら、慰謝料は個々人の実情に応じて算定されるべきであり、また生活費の増加分は別途賠償されるのが原則である。  

 

第5 旧緊急時避難準備区域等の賠償基準について

   旧緊急時避難準備区域等、避難指示区域以外の住民の賠償についても以下の通りの問題点がある。

 1 賠償の終期が早すぎること

旧緊急時避難準備区域は2011年9月30日に解除されたものの、未だ当該区域から避難している人は多く、それ故避難指示区域同様に精神的苦痛をはじめとした様々な損害を被り続けている。また、避難しなかった人や早期に帰還した人も、人口が減り、病院、学校、商店等が元のように再開していない町で不便な生活を強いられている。

それにも関わらず、本基準では精神的損害に対する慰謝料を2012年8月末までとするなど賠償を打ち切ろうとしているのであり、あまりにも早いと言わざるを得ない。また、中学生以下の者については2013年3月末までは一人あたり月額5万円を支払うとしているが中学性以下で区切る合理性は乏しい。さらに、その他の者については通院交通費等の生活費増加分として一人あたり20万円を賠償するとしているが、決して十分なものではない。

個々の避難者・滞在者の生活実態を踏まえて、賠償に応じていくべきである。

 2 財物の賠償指針が全く示されていないこと

   旧緊急時避難準備区域をはじめとする避難指示区域外であっても放射線量が高い、避難により不動産等の損壊が著しく進行してしまったなどの理由で帰還できない人は少なくない。

   今般の賠償基準では避難指示区域内の住民のみが財物・不動産の賠償を受けられるかのようにされているが、避難指示区域外の者でも個別事情に応じて賠償をしていくべきである。

   原発からの距離や局所的に計測している放射線量,さらには被害者の個別事情を反映できない政治的事情のみで決せられた区分けによって不公平が生じることがあってはならない。

 

以上

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