【意見】和解案を書面で出さないとの方針に対する意見書

当弁護団では,本日,原子力損害賠償紛争解決センターに対して,下記のとおり,「和解案を書面で出さないことの方針に対する意見書」を送付させて頂きましたので,ご報告いたします。

原子力損害賠償紛争解決センター 御中

和解案を書面で出さないとの方針に対する意見書

 

1 当弁護団は現在,原発事故の被害者の方々の依頼を受けて多数の和解仲介手続申立事件を貴センターに申し立てているところ,今般,貴センターの和解仲介手続の運用に重大な問題を含む方針変更があったことを貴センターとの協議の場などを通じて伝えられたことから,この点について意見を述べる。

 

2 すなわち,貴センターは,平成24年3月から,それまで書面で申立人側・東京電力側双方に提示していた「和解案提示理由書」「和解契約書案」について,原則として書面で提示することをやめるとの方針変更を行った。

和解案については口頭で示すにとどめ,「和解契約書」については当事者間で作成するように求める,とのことである。

 

3 かかる方針変更の理由は,

① 調査官の負担軽減

申立事件数が増大しており,「和解案提示理由書」「和解契約書案」を起案する調査官の負担が重いため,この負担を軽減する。

② 書面を出すことの弊害がある

「和解案提示理由書」「和解契約書案」を出すことで,かえって和解仲介手続が円滑に進まないことがある。

との2点にある,ということである。

 

4 しかしながら,貴センターの上記方針変更には賛同できない。

貴センターの重大な使命は,本件原発事故という未曾有の大事故によって起きた極めて広範囲かつ重大な被害を迅速に救済するため,裁判手続によらず多数の被害者と東京電力(以下「東電」という)との間の損害賠償紛争を柔軟かつ迅速に解決するところにある。

貴センターがかかる使命を果たすにあたって,和解案やその理由を書面で東電に示すことは,貴センターにとって東電を説得するための極めて有効な手段のはずである。東電は政府に提出した特別事業計画中の「親身・親切な賠償のための5つのお約束」の中で,貴センターの仲介委員が提示した和解仲介案を尊重することを約束しているから,貴センターが書面という明確な形で和解案やその提示理由を示すことで,東電を説得できる可能性は高まる。現に,1号事件をはじめとして,これまでも貴センターは「和解案提示理由書」「和解契約書案」の提示によって,渋る東電を説得し,紛争を一定の解決に導いてきたはずである。

 

5 しかるに,貴センターが「調査官の負担軽減」という便宜的な理由によって,この有効な手段を自ら放棄するというのは,貴センターの重要な使命を考えれば,到底理解できない。例えて言えば,裁判官が「忙しいから判決を書くのをやめる」と言うようなものである。そもそも,和解案提示理由書は判決のような詳細な事実認定や理由を付すことを要求されていないから,それほどの負担であるかも疑問である。

事件増大に伴う調査官の負担軽減の必要性は一定程度理解できるものの,それは別途の方策,例えば調査官の人数を大幅に増やす,これまで調査官が担当している期日の日程調整等の事務的な作業を,裁判所における書記官のような役割の職員を多数採用し,そちらに委ねる等の方策によって実現すべきである。

 

6 貴センターの和解仲介業務規程28条3項は,「和解案の提示は,原則として,書面によるものとする。」と書面主義をとることを明記しており,貴センターの方針転換は,かかる明文の規定にも反している。

損害項目が多岐にわたり,損害金額が問題となっている和解案を口頭で提示したのでは,当事者双方にとって何が仲介委員の和解案なのかが不明確となり,仲介委員の和解案を尊重するという東電の約束もその内容や対象が不明確となる。

現に,口頭審理期日で仲介委員が双方に具体的金額を提示して検討を指示したにもかかわらず,東電が受諾を渋ると,後日調査官が,「あれは正式な和解案ではなく,打診しただけ」と発言するという事例も出ている。

打診にとどまるのか,正式な和解案なのかやその具体的内容が不明確になることにより混乱し,負担を強いられるのは被害者側である。

被害者は,東電が仲介委員の和解案を尊重すると約束していることや,貴センターが和解案の提示は原則として書面によると和解仲介業務規程で取り決めていることを前提に和解仲介手続を申し立てているのであって,そうした前提が揺らぐとなると,貴センターの和解仲介手続に対する信頼が根本的に揺らぐことになりかねない。

 

7 貴センターのかかる方針変更は,代理人申立事案,本人申立事案を問わないものであると聞いているが,本人申立事案については,和解案を持ち帰って検討する機会を失ったり,申立人の交渉力が東電に比して著しく弱いことが多いから,当事者間で和解契約書を作成するといっても実質的に東電が作成した契約書を申立人が呑む形になり,不当な和解条項が申立人側に押し付けられる危険も存する。

 

8 当弁護団が仄聞するところ,貴センターの上記方針変更については,仲介委員も必ずしも賛同していないようである。

貴センターがその使命を果たす上で活用すべき重要な手段を自ら放棄する上記方針変更に対して,当弁護団は反対するとともに,かかる方針変更を取りやめ,和解仲介業務規程28条3項を遵守し,従前どおり,「和解案提示理由書」「和解契約書案」を書面で提示することを原則とするように求める。

 

9 事案の性質によって,書面で和解案の提示理由を説明することでかえって和解仲介手続が円滑に進まないことがある,という問題があり得ることは,当弁護団も理解するが,それはあくまで例外的な場合というべきであって,理屈抜きに和解案に従えというのは,貴センターの目的である適正な解決に反するものである。

和解案に至った仲介委員の判断の筋道を具体的に明らかにし,東電はもちろん双方に対する和解案の説得力を高める上で,和解仲介業務規程の定めるとおり,和解案の提示は,原則として書面によるべきものである。

 

10 調査官の負担軽減に配慮するとしても,少なくとも,損害項目と金額を示したメモや一覧表程度は,通常作成していると思われ,また,作成していなくとも,それらを書面化するのにそれほどの負担もかからないはずであり,それにより紛争の迅速な解決を阻害するおそれはなく,何が仲介委員の和解案であるかを明確にする上で重要な意味があるから,必ず提示するべきである。

 

平成24年4月27日

東日本大震災による原発事故被災者支援弁護団

団長 弁護士 丸山 輝久

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