【コラム】ADRでの最近の問題事例

<ADRでの最近の問題事例>

H24.4.27

原発事故被災者支援弁護団

 最近,弁護団内で話題になっている,原発ADRでの東京電力(以下「東電」)や原子力損害賠償紛争解決センター(以下「センター」)の対応に問題があると思われる事例について,いくつかご紹介させていただきます。

 

 

1 「あれは正式な和解案ではない」事件
この事案では,口頭審理期日で仲介委員から双方に,ある損害項目について,口頭で「300万円」という具体的金額が示され,双方とも持ち帰って検討するように指示されました。
しかし,東電側は後日,「100万円までしか応じられない」と書面で回答をしました。
申立人側は,東電が仲介委員の和解案を尊重していないのではないか,と担当調査官に連絡をしましたが,担当調査官は,「あれは必ずしも正式な和解案という認識ではない」と発言しました。
本年3月ころから,センターは,事件数の増大に伴い,調査官の負担が重すぎるとして,調査官が起案していた「和解契約書案」や「和解案提示理由書」を出さなくなり,和解案は口頭で示すことを原則にするようになりました。
これは,センター自身の「和解仲介業務規程」が28条3項で「和解案の提示は,原則として,書面によるものとする」と規定している点にも明らかに反しているものです。 この事件では,和解案が書面で示されないことによって,仲介委員が具体的金額を示して双方に検討を指示したにもかかわらず,後になってそれが和解案であるのか,打診に過ぎないのかが不明確になる,という問題を生じました。
何が仲介委員の和解案なのかが不明確となれば,「センターの和解案を尊重する」という東電の特別事業計画における被害者に対する約束も,その内容が不明確となります。
被害者は,単なる調停を求めてADRに申立てをしているのではなく,東電がセンターの和解案を尊重すると約束していることを前提にADRに申立てをしているのです。何が仲介委員の和解案なのかが不明確なまま手続が進むのでは,東電の抵抗を許し,センターの和解仲介手続の意義は大幅に失われます。
センターには,和解案は(少なくとも,損害項目と金額を示したメモ程度でも)書面で出して,仲介委員の和解案であることを明確にし,東電を説得するように求めたいと考えます。

 

 

2 和解案について口頭合意後に和解契約書の条項について東電が抵抗した例
この事案では,口頭審理期日で仲介委員が口頭で双方に和解案を提示し,双方が口頭では合意に達しました。事件数の増大が背景にあると思いますが,仲介委員は,次回の口頭審理期日は指定せずに,当事者間で和解契約書をやり取りして,和解契約の締結を進めてほしいと指示しました。
しかし,仲介委員が口頭審理期日で「内払いの和解案」と説明していたにもかかわらず,期日後に申立人代理人が和解契約書案を東電代理人に示したところ,東電代理人が「清算条項付きの和解契約書でないと応じられない」と主張し,和解契約の締結に至らないまま時間が過ぎました。
このケースは,仲介委員が次回の口頭審理期日を設定していれば,期日での調整・説得が可能であったのに,事件数の増大に伴い,できるだけセンター側の負担を減らそうという考慮が裏目に出て,「後は当事者間で」と指示したことから,和解契約書の内容について東電側の抵抗を許した例と言えます。
ADRでは,集団申立てについて,いわゆる「チャンピオン方式」を採用し,代表例(チャンピオン)について集中的に審理の上,仲介委員が和解案で解決基準を示し,その他の事案については代理人間で直接交渉して解決を図ることが想定されていますが,東電が上記の事案のように仲介委員が和解案を提示してからも抵抗を示している現状では,代理人間の直接交渉が難航することが予想されます。東電代理人には,誠実・迅速・柔軟な対応を求めます。

 

 

3 東電が津波被害を盾にとって一切の賠償を拒絶している例
この事案の申立人は,一家7人で南相馬市鹿島区に住んでいましたが,津波で自宅が流されてしまいました。津波被害だけであれば,申立人一家は南相馬市内の親族宅や仮設住宅で一定期間住んだ後,自宅を南相馬市内に再建できたはずですが,本件原発事故により大量の放射性物質が撒き散らされ,南相馬市も平成23年3月16日に市民に避難を要請したことから,本件原発事故当時1歳と3歳だった子ども達への健康被害を懸念し,申立人一家は同年3月17日に群馬県に避難しました。本件原発事故がなければ,申立人一家がわざわざ南相馬市から200kmも離れた群馬県に避難する理由はありません。
その後,申立人一家は,うち2名が仕事のため南相馬市に戻らざるを得ず,残り5名は群馬県内に引き続き避難を続け,二重生活を強いられています。
ところが,申立人一家が,群馬県への避難に伴う慰謝料,家財道具等購入費用や,二重生活を強いられたことによる交通費・通信費の増加分等を請求して和解仲介手続を申し立てたところ,東電は,申立人一家が請求している被害は,全て津波被害によって発生したものであると主張し,一切の賠償を拒絶しています。
このような東電の態度は,津波被害と原発事故被害の二重苦に苦しむ被災者の心情を踏みにじるものです。

 

以 上

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