「総括基準」に対する評価及び意見

平成24年3月9日

「総括基準」に対する評価及び意見

東日本大震災による原発被災者弁護団

第1 はじめに
原子力損害賠償紛争解決センター(以下「紛争解決センター」といいます。)の総括委員会は,平成24年2月14日,「総括基準」を策定し公表しました。  ここに「総括基準」とは,紛争解決センターが申立てを受けた事件に共通する争点を選び出し,それぞれについて,審理を担当する仲介委員に対し,その作成する和解案の方向性や内容にわたる具体的な基準を示したものです。
今回の「総括基準」の内容は,①「避難者の第2期の慰謝料」,②「精神的損害の増額事由等」,③「自主的避難を実行した者がいる場合の細目」,④「避難等対象区域内の財物損害の賠償時期」という4つの主要な争点について,例えば仲介委員が目安とするべき金額まで特定・明示するなど,審理の進行や和解案の内容にまで直裁に関わる具体的な基準となっています。
この「総括基準」を策定した総括委員会は,原子力損害賠償紛争審査会(以下「審査会」といいます。)での審議によれば(平成23年8月5日開催の第13回議事録,同日の配布資料参照),「個々の事案の処理や結果について,不合理な差異が生じないようにする」ため,「担当する事案を超えて和解案の内容などにつき横断的な調整を図るという,大所高所からの司令塔としての役割を」担うべき機関であると説明されています。

 

 

第2 「総括基準」の策定に対する評価
「総括基準」は複数の事件に共通する項目の取扱いについて,一定の基準を示したものです。福島第一原発事故のように被害者が数百万人にも及ぶ事故において,被害者間の不公平が生じることを避け,また解決を促していくためには,一定の基準を策定することは必要なことといえます。
また,総括基準では審査会の「指針」(中間指針および同追補)で明示された賠償額に加えて,慰謝料や実費額を認めるとしており,必ずしも「指針」にとらわれない解決の方向性を打ち出しています。
このように紛争解決センター自身が基準を示すことで被災者救済をより実効化する努力をしようとしていることは当弁護団として一定の評価をするものです。

 

 

第3 「総括基準」の内容に対する重大な懸念
一方で,「総括基準」に対しては,極めて重大な懸念があります。
そもそも,審査会が策定する「指針」は,「当該紛争の当事者による自主的な解決に資する一般的な指針」(原賠法18条)であるところ,個別事件で実際に問題となっている具体的な争点につき真摯な攻防を行ったうえで得られた紛争解決基準ではありません。すなわち,一般的に見て原発事故との間に相当因果関係が認められることが確実視される損害だけを取り上げ,類型化した”大枠”にしかすぎません。
このような「指針」の性質によれば,審査会が策定した「指針」は,相当因果関係が認められる範囲を網羅しているものではなく,賠償の外枠を定める基準でもなく,また「指針」に掲げられている具体的な金額等についても元々最低限のものに過ぎません。このような限界を持つ「指針」の不備・不足を補い,迅速かつ完全な被害の救済を実現してゆく使命を担っているのは,他ならぬ紛争解決センターです。多くの被害者は,「指針」それ自体に大きな不満を抱くとともに,「指針」にない損害は支払わない,「指針」にある損害でも「指針」の金額しか支払わないといった東京電力の極めて遺憾な姿勢に対して強い怒りを感じ,公正・中立な第三者機関である紛争解決センターに救済を求めているのです。
そうであるにも関わらず,個別事件の審理を行い最終的に和解案を提示する仲介委員が,この「総括基準」があるがために,第4で述べるとおり不十分であることが明らかな同基準の下で,柔軟さを欠いた画一的かつ機械的な対応をなすことになれば,個別事件を通じて「指針」の不備や不足を補い,被害の実態に沿って迅速かつ完全なる賠償を実現する使命を担う紛争解決センターの存在価値を根本から失わしめる結果となってしまいます。

 

 

第4 「総括基準」策定経緯についての問題
「総括基準」は確かに「指針」で示された賠償額を上回る損害を認める可能性を前提としているものです。
しかしながら,今回策定された「総括基準」は,前述した4つの争点のいずれにおいても,「指針」の内容を前提とし,結局はこれを追認する結果を惹起する危険があるものであり,個別事件の審理を通じて得られた成果を新たに確認し付加するものではなく弥縫策でしかありません。
例えば,「避難者の第2期の慰謝料」について言えば,「指針」が掲げた月額10万円(第1期分の原則)という金額は,交通事故で傷害を被った被害者が自賠責保険から支払いを受け得る慰謝料額(日額4200円)を月額に換算し直した上(日額4200円×30日=12万6000円),交通事故被害者と異なり原発事故被害者は身体的な傷害を受けていないことを理由に端数部分を切り捨てることで,これを導き出したものです。審査会において能見会長は「自賠責で想定している慰謝料は,けがをして,自由に動けないという状態で入院している,身体的な障害を伴う場合の慰謝料ですので,それと比べると,たとえ不自由な生活で避難しているとはいえ,行動自体は一応は自由であるという場合の精神的苦痛とは同じではないので,おそらく自賠責よりは少ない額になるのではないかとも考えています。」と公の席で述べています(平成23年6月9日開催の第7回議事録)。しかしながら,交通事故であれば自賠責による賠償は最低保障のもので,いわば仮払い的性格のものであることは周知のことです。さらに,交通事故で鞭打ち症の場合であれば自宅に住む自由は奪われないのに対して,原発事故の被害者は,コミュニティを奪われた状態で,自宅にも戻れず,先の見えない状況で,周囲の偏見にさらされる等の過酷なストレスにさらされているのであるから,交通事故負傷者と比べて少ない額の慰謝料で足りるということはありえません。「指針」は,上記のように未だ被害実態が十分に把握されていない時期において,膨大な数に上る被害者に一刻も早く所定の金銭を支払うために緊急避難的に定められた最低限のものであることは明らかです。
それゆえ,この金額は,紛争解決センターにおける個別事件の審理を通じて被害実態を直視した後は抜本的な見直しを行い,しかるべき増額を予定したものと見るべきものです。
それにもかかわらず,今般策定され公表された「総括基準」は,上記の如き経過を全く考慮せず,ⅰ)「今後の生活の見通しへの不安に対する慰謝料」について「一人月額5万円を目安とする」とし,ⅱ)避難所等における避難生活を送る避難者の「避難による慰謝料」については「目安とされる一人月額5万円から2万円程度増額した額を,賠償すべき額とする」としただけで,「指針」が掲げた「月額10万円」という本質的な部分の再検討を放棄し,むしろ「指針」や東京電力の賠償基準を漫然と追認するという極めて遺憾な内容になっています(以上の理は,「自主的避難を実行した者がいる場合の細目」についての「総括基準」でも同じといえます)。
このように,紛争解決センターでの審理で明らかになっている性質上不備・不足の多い「指針」をそのまま追認した「総括基準」が策定され,個別事件の審理を主宰する仲介委員を事実上拘束し又は拘束される事態となれば,被害者の期待は裏切られ,紛争解決センターの存在価値はたちどころに失われてしまいます。

 

 

第5 センターへの要望
以上のような「総括基準」に対する懸念と問題点を踏まえ,当弁護団としては,紛争解決センター総括委員会と個別事件の審理を担当する仲介委員に対し,本意見書をもって,次のとおり意見を表明します。
1 「総括基準」の位置づけ
「総括基準」では,慰謝料項目における「指針」の基準について「目安である」としつつも,その金額は総括基準の指摘する増加事由がない限りは,あくまでも「指針」の基準額が上限とされてしまうようにも読めます。しかし,1号事件の和解提示理由書でも「中間指針は,・・原子力事故と相当因果関係がある損害で,しかも,この金額であれば,必ずしも厳格な立証がなくても,最低限認められる損害を類型化し早期解決のために理解し・・」とされているように,あくまでも「最低基準」にすぎないものです。総括基準においては,まずはこのことを明確に確認するべきです。
2 個別事件における問題点のフィードバック及び被害実態の調査・把握
総括委員会は,「指針」を漫然と追認する結果となり得る「総括基準」を策定するのではなく,個別事件の審理を通じて明らかになった被害実態を踏まえ,「指針」や東京電力の賠償基準の補充や見直し等の改善に結びつく本来の「総括基準」を策定するべきです。
そして,策定の前提として,福島県や他府県にいる被災者の生の声を聴取し,被害実態を積極的に調査・把握する努力を行うべきです。
3 仲介委員による「総括基準」の取り扱い等
仲介委員は,「指針」の性格や限界を正しく理解し,公正中立な第三者として自由な裁量の中で,個別事件を通じて看取したその被害者の被害の救済に最善と思う進行及び和解案の作成・提示をし,東京電力の特別事業計画の親身・親切な賠償のための5つの約束の中にある「迅速な賠償のお支払い」,「きめ細やかな賠償のお支払い」,「和解仲介案の尊重義務」,「誠実なご要望への対応」を念頭に置いて毅然とした態度を以って手続を進行させ,和解成立させるべきです。

 

以上

 PDFデータはこちら(209KB)