【報告】原子力損害賠償紛争審査会に要望書提出

要 望 書

 

原子力損害賠償紛争審査会 御中

                                                     2018年1月15日

〒105-0001 東京都港区虎ノ門1-8-16 第2升本ビル5階

               東日本大震災による原発事故被災者支援弁護団

(略称:原発被災者弁護団)

共同代表弁護士 丸  山  輝  久

同弁護士 前  川     渡

同弁護士 大  森  秀  昭

 

【はじめに】

我々は,主に東京の各弁護士会(東京弁護士会,第一東京弁護士会,第二東京弁護士会)に所属する弁護士の有志であり,福島第一原子力発電所事故の被害者の救済及び支援のため,2011年8月16日に当弁護団を結成し,被害者の損害賠償請求の代理人として,これまで多数の原子力損害賠償紛争解決センターへのADR申立や,裁判所への訴訟提起などを行ってきた。現在,当弁護団の弁護団員数は421名であり,ADR申立人数は,個人で2万0246人(うち,個別世帯毎の申立2027人,地域毎等の集団申立1万8219人),法人で172社(うち,個別の申立150社,同業者等の集団申立22社)に上る。また,訴訟提起に関しては,現在,東京地方裁判所,福島地方裁判所,及び同裁判所郡山支部にて,地域毎等の4件の集団提訴を行っており,合計1509名の原告の代理人として,東京電力ホールディングス株式会社及び国を相手に,主張立証活動を行っている。

我々は,ADR第1号事件の申立代理人として関与した時より,中間指針の適用状況や,原子力損害賠償紛争解決センターの和解仲介手続を経験しているが,近時,重要な情勢の変化が生じていると認識するため,次のとおり要望するものである。

 

【要望事項】

1 審査会は,中間指針策定後の司法判断を踏まえ,従前の中間指針の賠償基準の見直しを行うべきである。

2 審査会は,持続している原発被害の実情に着目し,被害者の真の生活や事業の再建を実現すべく,中間指針の対象とされていない損害に関する新たな賠償基準を策定すべきである。

3 審査会は,東京電力ホールディングス株式会社(以下「東京電力」という。)に対し,原子力損害賠償紛争解決センター(以下「センター」という。)が提示した和解案の受諾拒否,留保の対応の是正を求めるともに,センターに対し,かかる東京電力の対応を理由として和解案提示に消極的な姿勢を示すことのないよう指導監督を行うべきである。

 

【要望の理由】

第1 司法判断を踏まえた従前の中間指針の賠償基準の見直し

現在,原発事故による被害の賠償を求めて,東京電力及び国を被告とした損害賠償請求訴訟が,全国で30件余り係属しており,その原告数は約1万2000人を超えている。そもそも,これらの訴訟は,中間指針で定めた賠償基準では必要な賠償が得られていないことを大きな理由として,適正な賠償を求めて提訴されたものである。

そして,これらの訴訟では,以下のとおり中間指針を超える賠償を認める判断が続いている。かかる判決は,まさに中間指針が示した賠償基準の不十分さを示すものであり,原子力損害賠償紛争審査会は,これらの判決の内容を十分に吟味し,適正な賠償を実現すべく中間指針の見直しを行うべきである。

なお,これら訴訟の原告らは,認容された賠償額の水準に必ずしも納得しているわけではなく,それぞれ引き続き控訴審にて,あるべき賠償額を争う所存とのことであり,我々も各判決内容をそのまま指針に反映させよと求めるものではない。中間指針における賠償基準の不十分さが示されたことを踏まえ,改めて原子力損害賠償紛争審査会にて中間指針見直しのための議論を始めるべきことを要望するものである。

1 2017年3月17日前橋地裁判決

2017年3月17日前橋地裁判決は,自主的避難等対象区域からの避難者について既払額控除後の金額で70万円から20万円の範囲で,また,旧緊急時避難準備区域,特定避難勧奨地点からの避難者について既払額控除後の金額で250万円から500万円の範囲の賠償がなされるべきと判断し,中間指針の定めを超える賠償額を認容した。

同判決は,避難の合理性について,「国等による避難指示の基準となる年間20ミリシーベルトを下回る低線量被ばくによる健康被害を懸念することが科学的に不適切であるということまではできない。」とし,避難指示の解除に関して,「被告国による避難指示が解除されたからといって,健康被害を懸念して帰還しないことが合理的でないと評価することについては,慎重であるべき」,「本件事故に起因する避難によって,本件事故発生時における生活の本拠が,共同体としての機能や,生活上の利便性を喪失した場合においては,実効線量の低下や避難指示の解除があったからといってたやすく帰還できるものではない。」としている。

2 2017年9月22日千葉地裁判決

2017年9月22日千葉地裁判決は,「従前暮らしていた生活の本拠や,自己の人格を形成,発展させていく地域コミュニティ等の生活基盤を喪失したことによる精神的苦痛,相当期間にわたり長年住み慣れた住居及び地域における生活の断念を余儀なくされたことによる精神的苦痛など,本件事故により生じる様々な精神的苦痛に係る損害のうち,避難生活に伴う慰謝料では填補しきれないものについては,ふるさと喪失慰謝料と呼称するかどうかはともかく,本件事故と相当因果関係のある精神的損害として,賠償の対象となるというべきである」として,中間指針が定めていない帰還困難区域以外からの避難者に対する「ふるさと喪失慰謝料」の賠償を認めた。

その金額は,居住制限区域,避難指示解除準備区域で300万円~400万円,旧緊急時避難準備区域で50万円である。また,同判決は,帰還困難区域からの避難者についても最大で1000万円の慰謝料の支払義務を認めた。

また,同判決は,中間指針が賠償の対象としていない避難指示区域外の県南地域からの避難者についても避難の合理性を認め,東京電力の自主賠償基準を超える慰謝料の支払いを認めている。同判決は,その判断理由として,「国際放射線防護委員会が科学的不確かさを補うという観点から直線しきい値なしモデルを採用していることからも分かるように,100ミリシーベルト以下の放射線被ばくにより,健康被害が生じるリスクがないということも科学的に証明されていない。」,「そうすると,放射線量等の具体的事情によっては,自主的避難等対象区域外の住民であっても,放射線被ばくに対する不安や恐怖を感じることに合理性が認められる場合もあり,自主的避難等対象区域外であることによって直ちに避難の合理性が否定されるわけではない。」としている。

3 2017年10月10日福島地裁判決

2017年10月10日福島地裁判決は,自主的避難等対象区域旧居住者の抱いた精神的苦痛は,たとえ居住地の空間線量率が年間20ミリシーベルトに達していないとしても賠償に値すると認められるとし,2011年3月から同年12月までの子供・妊婦以外の者の慰謝料として24万円(中間指針による賠償額8万円を超える賠償額は16万円)の賠償を認めるのが相当であるとした。同判決は,中間指針は賠償時期を本件事故発生当初の時期(2011年3月11日から4月22日頃まで)に限定して,子供・妊婦以外の者の賠償額の目安を8万円としているが,賠償時期を同年4月22日頃までに限るべきではなく,この点において中間指針の賠償額の評価は不十分であるとしている。

また,同判決は,中間指針で賠償の対象としていない福島県県南地域の子供・妊婦以外の旧居住者に対する2011年3月11日から同年12月31日までの慰謝料として10万円の支払いを命じた。

さらに,同判決は,旧一時退避要請区域(南相馬市が独自に一時退避を要請した南相馬市の内避難指示区域と旧緊急時避難準備区域を除いた区域)の子供・妊婦以外の旧居住者に対する3万円の慰謝料増額,同区域の子供・妊婦に対する8万円の慰謝料増額を認め,これに加えて,中間指針で賠償の対象としていない茨城県水戸市及びそれよりも福島第一原発に近い茨城県日立市,東海村の旧居住者に対しても,慰謝料として1万円の支払いを命じている。

 

第2 持続している原発被害の実情に着目した新たな賠償基準の策定

1 被害の長期化に伴う被害実情の多様化,個別化等

原発事故から6年半余りが経過したが,今なお5万人を超える避難者が避難を強いられている。また,生活環境が未だ原発事故前の状況に回復されていないために,避難先から帰還した者も,避難せずに滞在を続けてきた者にも被害は持続している。そして,この被害の長期化に伴う被害の多様化,個別化等により,従前に中間指針が定めた賠償基準では解決できない問題が生じている。さらに,避難指示解除に伴う賠償の打ち切り,住宅支援の打ち切りに対応して早期に適正な賠償の基準を策定することが必要とされている。

2 避難指示の解除後の状況

政府は,2017年3月末,及び4月初めに,避難指示区域中の避難指示解除準備区域と居住制限区域のほぼ全域で区域指定を解除した。しかし,避難指示解除後の元の居住者の帰還,地域の復興は,遅々として進んでいない。商店,医療,福祉,教育などの必要な生活環境は失われたままの状態にある。

この事実は,2017年7月,8月時点で,避難指示解除地域の居住者数が原発事故前の人口の1割未満であり,居住者のうちで65歳以上が占める割合の高齢化率が原発事故前の2倍近くの49.2パーセントであるとの報告(2017年9月9日毎日新聞)に端的に示されている。多くの避難者は,放射線への不安や,生活インフラなどへの不安から帰還できない状態を強いられているのである。

この放射線への不安は,この地域で除染が十分に実施されていないことと大きな関連があると考えられる。全域が避難指示区域に指定されている双葉郡5町村(富岡町,大熊町,双葉町,浪江町,葛尾村)と相馬郡飯舘村において,国による除染が行われたのは,町村面積の20%だけである。これは,国による除染が居住地域のみを対象とし,その周りを囲む森林等の環境は対象外とされたことの結果である。

そして,元の居住者の帰還が進まなければ,商店,医療,福祉,教育などの必要な生活環境の回復の実現は困難である。特に,医療・介護施設の再開の遅れと帰還者の高齢化は,老老介護の負担や単身者の健康回復の機会の喪失などの新たな被害を惹起させるおそれが高い。また,高齢者だけの生活では,地域の防災にも支障を来すことから,この点での被害の発生も予想される。

しかし,東京電力は,居住制限区域と避難指示解除準備区域の被害者に対して,避難指示解除の時期にかかわらず,原発事故から7年後の2018年3月まで避難慰謝料と避難費用の賠償を行う旨を公表したものの,その後の期間の賠償の実施については明らかにしていない。中間指針も,2018年3月以降の賠償基準を定めていない。2018年3月以降においても被害の実情に応じて適切な賠償がなされる必要があるにもかかわらず,その賠償の方針も基準も示されていないのである。

3 被害実態に見合わない営業損害の打ち切り

東京電力は,2015年6月の「新たな営業損害賠償などに係る取り扱い」において,避難等対象区域内の商工業者の営業損害については,2015年3月以降の損害を,減収率100%の年間逸失利益の2倍をもって一括して賠償するとし,避難指示区域外の事業者の営業損害については,2015年8月以降の損害を,直近の年間逸失利益の2倍相当額とみなして一括して賠償するとしている。そして,2017年3月又は8月以降も従前同様に営業損害の発生が継続していても,原則として賠償を打ち切るとの対応を取っている。

しかし,原発事故は,他に類例をみないほど広範な地域にわたる事業者に対し,避難による損害や風評被害・間接被害等による損害を生じさせたものである。避難等対象区域内の商工事業者の中には,強制避難により,商圏・取引先・従業員などを全て喪失してしまった事業者が多く,原発事故から6年を経過し,避難指示が一応解除されたからといって,従前と同等の営業活動を営むには至っていない事業者が多い。避難指示区域外の事業者についても,原発事故による風評被害・間接被害等により,いったん重要な商圏や取引先を失ってしまうと,新たにそれを補うだけの新規の商圏や取引先を獲得することは非常に困難であり,原発事故から6年半を経過したことだけをもって,一律に被害が収束しているとみなすことは被害実態を無視するものである。

4 自主的避難等対象区域等からの避難者の状況

2016年10月時点で福島県の自主的避難等対象区域からの避難者は約1万世帯であると報告されていたところ,福島県は,同区域を含む避難指示区域外からの避難者(区域外避難者)に対する災害救助法に基づく応急仮設住宅(借り上げ住宅)の供与を2017年3月で打ち切った。

福島県が,区域外避難者に対して,住宅の無償提供が無くなる2017年4月以降の住まいについての意向を調査した結果では,およそ80パーセントが県内には戻らず避難先に住む意向であるとの回答があったと報告されていることからすれば,今尚多くの自主的避難者が避難を継続していると推定される。

そして,この避難を継続している区域外避難者の中には,払える家賃の家がみつからない,引越費用がない等の事情で避難先での新たな住宅を確保できない実例や,避難先で引っ越したものの経済的に行き詰まってしまった実例が発生している。かかる実態については,画一的,形式的な住宅支援の打切りによって生じた新たな原発事故の被害として捉える観点に立ち,適切な賠償基準の策定を検討する必要がある。

5 新たな賠償基準策定の必要性

2017年9月13日に行われた第46回審査会では,地方公共団体等からの審査会に対する要望事項として,「被害者の生活や事業の再建につながるよう,被災地の実情に応じた『指針』の適時・的確な見直しを行うこと。」,「ADRセンターによる和解の仲介について,多くの被害者に共通する損害は,類型化による『指針』への反映によって賠償がなされるべきであり,審査会における審議を通し,賠償の対象となる損害の範囲を『指針』として明確に示すこと。」等の要望が寄せられている。

原子力損害賠償紛争審査会は,個人や法人の賠償に関して,2013年12月に中間指針四次追補を策定した後,実質上,新たな指針を策定していない。また,原子力損害賠償紛争解決センターも,2013年以降,紛争解決の基準としての総括基準を策定していない。上記の要望は,かかる審査会,センターの対応に対して出されたものであり,賠償問題の解決が不十分であることを示すものである。

中間指針は,「中間指針で対象とされなかったものが直ちに賠償の対象とならないというものではなく,個別具体的な事情に応じて相当因果関係のある損害と認められることはあり得る。」,「本指針で示す損害額の算定方法が他の合理的な算定方法の採用を排除するものではない。」としている。この中間指針の内容と,中間指針が2014年以降に策定されておらず長期化した避難の実情に踏まえた賠償額の指針を示せていないことに鑑みれば,新たな指針の策定は急務であるはずである。

6 かかる被害の実情とその損害の迅速な賠償が実現されるべきことを踏まえ,審査会は,被害者の真の生活や事業の再建を実現すべく,中間指針の対象とされていない損害に関する新たな賠償基準や,被害継続の実態を踏まえた新たな指針の策定を行うべきである。

 

第3 東京電力,原子力損害賠償紛争解決センターに対する指導等

1 東京電力の和解案受諾拒否

東京電力は,浪江町民1万5000人以上による集団申立事件において,2014年3月20日にセンターが提示した慰謝料の増額を認める内容の和解案を,センターからの度重なる説得にもかかわらず4年近くにわたって拒否し続けている。

また,東京電力は,飯舘村蕨平地区の住民29世帯105名による集団申立事件で2014年3月20日にセンターが提示した被ばく不安による慰謝料の増額を内容とする和解案,及び飯舘村比曽地区の住民57世帯217名による集団申立事件で2016年10月31日にセンターが提示した同じく被ばく不安による慰謝料の増額を内容とする和解案についても,受諾拒否の対応を続けている。

さらに,飯舘村長泥地区,蕨平の住民地区の住民が田畑の賠償を求めた集団申立事件では,2017年2月14日にセンターが提示した東京電力の賠償基準を上回る和解案について,東京電力は,自社の賠償基準以上は支払わないとして,センターからの受諾勧告にもかかわらず,和解案の受諾拒否の姿勢をとり続けている。

しかし,東京電力は,政府に資金援助を受けるに際して提出した累次の総合特別事業計画において,①センターから提示された和解仲介案を尊重する,②被害者との間に認識の齟齬がある場合でも,被害者の立場を慮り,手続の迅速化に取り組む,と誓約しているのであって,上記の和解案受諾拒否の対応はかかる誓約に違背する。

東京電力は,早期にセンターが提示した和解案を受諾すべきである。

2 東京電力の訴訟係属を理由とする和解案受諾留保の対応

東京電力は,2017年8月以降,センターの和解仲介手続で,集団訴訟の原告となっている申立人について,一部の損害に関し,関連判決が確定するまでセンターが提示する和解案に対する回答を留保するとの対応を行うにいたっている。

すなわち,東京電力は,センターが和解案を提示する前に,例えば,「本件における申立人の精神的損害に係る和解案が提示されたとしても,関連判決を踏まえ,その内容を精査し,本件との内容の重複などの有無を慎重に検討した上で,対応したいと考えており,関連判決が確定するまで,回答を留保する。」との連絡文書を多数の申立案件で提出している。

また,東京電力は,センターの和解案提示後にも,関連訴訟の判決が確定するまで和解案の受諾を留保するとの対応や,訴訟を取り下げれば和解案を検討するとの回答をすること,または和解案を拒否するという対応をとっている。

中でも,我々が申立代理人として関与する南相馬市小高区住民や田村市都路町住民の集団申立案件(複数申立人の同時期申立)においては,東京電力は,例えば避難慰謝料(日常生活阻害慰謝料)の増額分(要介護状態にあること,重度または中程度の持病があること,家族の別離,二重生活が生じたことなど,センターの「総括基準(精神的損害の増額事由等について)に該当する事由による増額分)について,2017年8月以前に和解が成立した案件においては賠償金の支払いを行いながら,この時期を境にその後に審理対象となった案件,もしくは和解案の提示が行われた案件については,前述のような回答留保の対応を行っており,申立人間で著しい不公平感を生じている。

しかしながら,そもそも,センターは,「原子力損害の賠償に関する紛争の迅速かつ適正な解決を図るため」,審査会の「和解の仲介の手続を実施するための組織として設けられた」ものである(和解仲介業務規程1条)。これは,原発事故被害者にとって,損害の賠償が速やかに支払われることが生計や生活の維持に欠かせないものであることに加え,原発事故の被害者が極めて多数に及び,訴訟手続による解決には時間を要することに基づいている。その意味で,センターは,訴訟など,請求権の存否を厳密に審理し判断する一般的な裁判手続とは別の目的を持って業務を遂行しているものであり,かつ,実際に,これによって,多くの申立案件の迅速かつ適正な解決が実現してきた。加えて,センターは,賠償額の目安であり,最低限度の賠償基準として策定された中間指針を踏まえて和解案を提示し,いわゆる清算条項を付さない形で,多くの和解を成立させている。

したがって,前記の東京電力の総合特別事業計画におけるセンター和解案の尊重等の誓約からすれば,センターの和解仲介手続において提示された和解案を受諾し,早期に和解仲介手続は終結させた上で,関連訴訟において,既払金の抗弁を主張するというのが,東京電力の置かれた立場からして取るべき行動である。そして,かかる対応によって関連訴訟の判決との重複・矛盾抵触を避けることが可能である。

東京電力の訴訟係属を理由とする和解案受諾留保の対応は,訴訟の内容を把握することもできず,かつ,そもそもその内容を検討する必要のないセンターに対し,いわば不可能を強いるものである。そして,関連訴訟は論点の多い集団訴訟であり,いずれが勝訴しても上告審まで審理される可能性が高い事件であることから,東京電力の和解案受諾の留保は今後相当の長期間におよぶことになる。東京電力の対応は,簡易迅速を旨とするセンターの制度趣旨を没却し,可及的速やかに被害の回復を実現することを期待されている和解仲介手続の意義を踏みにじり,被害者の生計や生活を苦境に陥れるものであり,看過できない。

3 センターの和解仲介手続打ち切り

センターが原子力損害賠償紛争審査会に提出した2017年8月の活動状況報告書によれば,2017年6月末日時点での全終了件数の内で,和解仲介手続の打ち切りにより終了した件数が1,585件と報告されている。

センターは,この打切事件について,和解手続を打ち切りとした理由の説明を行っていないが,2017年3月の活動状況報告書では,東京電力の社員やその家族からの申立てによる案件については,累計で68件が東京電力による和解案受諾拒否のために和解仲介手続が既に打ち切りとなったと報告している。

しかし,この東京電力の社員やその家族からの申立案件を含め,いかなる案件がいかなる理由により打ち切りとされたのかについては,センターが紛争の「迅速かつ適正な解決」(和解仲介業務規程1条)という目的を十分に果たしているか否かとの観点から十分に精査される必要がある。

4 センター仲介委員らの和解案の不提示についての消極的な姿勢の是正

以上に指摘した東京電力の和解案の拒否または留保を受けて,センターで和解仲介手続を担当する仲介委員,そしてこれを補佐する調査官を含む和解仲介室においては,提示する和解案の内容及び和解案の提示自体に消極的な傾向が生じている。すなわち,センターでは,東京電力による和解案拒否をおそれて,東電が受諾できそうな範囲の和解案を示すにとどめるという姿勢や,東京電力が和解案を受諾する見込みがないから和解仲介手続を打ち切るといった本末転倒の発想に陥っていると思われる仲介委員や調査官が存在していると当弁護団員は実感している。このことは,例えば「まとまる可能性がある和解案を出すのが仲介委員の仕事である」,あるいは「東京電力が受諾する見込みがないから和解案は出せない」などといった仲介委員の発言に端的に示されている。

栃木県北地域の7300名余の住民の集団申立案件では,担当仲介委員は,

申立人らが繰り返し口頭審理の実施を申し入れたにもかかわらず,これを実施せず,申立人らが求めた意見交換の場を設けることもなく和解仲介手続を打ち切ったことから,申立人らに大きな不満とセンターに対する不信が残ることとなった。この案件では,申立人の3割におよぶ約2200名は,本件事故当時18歳以下だったか,あるいは本件事故後に出生した子どもであることに特徴がある。自主的避難等対象区域の子どもに対し,成人とは異なる配慮を設ける中間指針の発想からすれば,設けて然るべき手続を実施しないまま一律に手続打ち切りの判断を行ったセンターが,紛争の迅速かつ適正な解決を図ったといえるかは大いに疑問である。

十分な審理のないままに手続を打ち切るという対応は,紛争解決機関として許容されないところであり,かかる対応は是正されるべきである。和解仲介手続の打切りは,申立人らに対して,請求を諦めるか,再度の和解仲介手続の申立て,または東京電力を被告とした損害賠償請求訴訟の提訴をするかの選択を強いることとなるのであり,被害者である申立人らに軽々にその負担をかける結果とならないよう最大限の配慮がなされるべきである。

5 このため,当弁護団は,審査会に対して,東京電力に対してはセンターが提示した和解案の受諾拒否,留保の対応の是正を求めること,仲介委員及びセンター和解仲介室に対しては,かかる東京電力の対応を理由として和解案提示に消極的な姿勢を示すことのないよう指導監督を行うこと,そして審査会がセンターの和解仲介手続の打ち切りの理由を精査し,問題点を把握した上で必要な指導をセンターに行うことを求めるものである。

                                以 上

 

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