【重要】【お知らせ】ADR和解案提示についての報告及び声明

ADR和解案提示についての報告及び声明

原子力損害賠償紛争解決センターの仲介委員は,当弁護団が平成23年9月に申立てをした和解仲介手続の件で同年12月27日に和解案を提示しました。以下にその和解案のうち注目すべき部分の内容を紹介し,これに対する当弁護団の評価,意見を述べさせていただきます。

 

1 財物の損害について
東京電力は本件申立人(福島第一原発から約5キロ圏に自宅を持つ)に対して,不動産を含む財物の財産価値喪失分の賠償を直ちに行うべきである。

 

これまで東京電力は,申立人の避難区域にある不動産や家財,自動車等の財産価値喪失分の損害に関する損害賠償請求に対して,放射性物質の除染の方法等が明らかになっておらず,財物価値の喪失の有無についての法的評価・判断をすることができないとして,賠償に応じるか否かの認否を留保し続けてきました。損害評価が困難という理由で事実上被害者が失った財産の賠償を先送りし,拒み続けているのです。
今回出された和解案は,このような東京電力の主張を一蹴し,現時点においても,建物や家財,自動車の財産価値喪失又は減少分の損害評価ができることを具体的数字でもって示し,当該価値喪失分の損害に対する賠償を直ちに行うように東京電力に求めたという点で大きな意義を有しています。

 

2 慰謝料額について
① 中間指針が定めた長期の避難生活が継続することに伴う精神的苦痛に対する慰謝料額は,あくまで目安であって,個々の避難者の属性や置かれた環境等によって慰謝料額を増額することを妨げるものではない。また,長期の避難生活が継続することに伴う精神的苦痛とは離れて,個別具体的な事情に基づく慰謝料を認めることを否定しているわけではない。
② 中間指針は,本件事故発生から6か月(第1期)経過後からの6か月(第2期)について目安となる金額を月額5万円に減額しているが,むしろ,第2期以降は,長期の避難生活が継続することが現実のものとなり,今後の生活への不安が増大していることが推測されるのであり,かかる不安を抱えたまま避難生活を送らねばならないことによる精神的苦痛についても,上記に加えて,避難生活に伴う慰謝料の対象とするのが相当であり,その額については,一人月額5万円を目安とするのが相当である。
③ 申立人らは,本件事故によって急きょ避難を余儀なくされ,申立人らの個別事情として認められるところの生活の基盤,日々の暮らしを一瞬にして失ったものである。かかる事態により受けた精神的苦痛,衝撃は,避難生活に一般的に伴う慰謝料のみでは評価し尽くせないものであり,避難生活に伴う慰謝料とは別に被申立人が加算して支払義務を負うのが相当である。かかる慰謝料の額については,少なくとも現時点においては,申立人ら各自50万円が相当である。
④ 慰謝料については,将来,従前の居住地に帰還できる場合とそうでない場合とでは自ずと差が出てくると思われ,今後,帰還が困難,あるいは帰還できるとしてもそれまでに相当な日数を要することが明らかになった場合には,その時点において別途,慰謝料が改めて算定し直される余地があると思われる。従って,上記③の金額は,現時点での迅速な支払いを求めるための慰謝料の内払いの和解提案である。

中間指針は,避難に伴う慰謝料として本件事故発生から6ヶ月間については1人月額10万円又は12万円,6ヶ月経過後については1人月額5万円を目安とするとしています。東京電力も基本的に同指針に沿った形で対応しています。
しかし,本和解案は,中間指針の定める慰謝料額はあくまでも目安であり,避難に伴う慰謝料額は上記目安に沿った額にとどまるわけではないこと,また個々の避難者の属性や置かれた環境等によって増額され得ること,さらに個別具体的な事情に基づく慰謝料が避難生活に伴う慰謝料とは別に加算されるべきことを示しました。
もとより当弁護団としては中間指針における慰謝料額は不当に低いものだとしてそれ以上の慰謝料額が認められるべきであるとして東京電力に対して請求してきました。中間指針が定めた金額を超える慰謝料額が認められるべきであるのは当然でありますが,仲介委員がそのような場合があることを明確に認め,現時点で,中間指針が定めている慰謝料額を増額する事由と金額を示した点は大きな意味を持つといえます。
さらに,本和解案は,今後,帰還が困難,あるいは帰還できるとしてもそれまでに相当な日数を要することが明らかになった場合には,その時点で別途,慰謝料が追加して算定されるべきとしている点も極めて適正な判断を行っていると考えます。

 

3 内払いの提案
今回の事故の規模と重大さ,そして,何よりも従前の生活に戻れる見通しが未だ明らかでなく,現時点で損害全体の被害回復がなしえないことを考慮して,少なくとも今回示した和解金額については,被申立人が直ちに支払うべきであるとの当パネルの一致した考えに基づいて内払いの和解を提案する。

 

今回の原発事故による被害は今なお続いており,各被災者にとっての最終的被害総額を明らかにすることは現時点で不可能といえます。そのような中で,仲介委員が,被害者の早期救済が急務であることに鑑み,内払いの和解を提案したことは大きな意義を持ちます。仲介委員は,本件に関して,避難区域に帰還できる場合とそうでない場合,いつ帰還できるか,などにより将来慰謝料が算定し直される可能性をも示唆し,内払い和解の必要性を主張しています。
仮にこのような場合に,内払い和解ができないとなれば,被災者は和解金額に不満があっても後に追加して請求することができなくなるというリスクを抱えながらやむなく和解に応じるか,最終的な解決に至るまで長期間の間,慰謝料としては1円も受領することができなくなるかという苦しい選択を迫られることになります。言うまでもなくかような事態は被害者の早期救済に真っ向から反するものでありあってはならないことです
本件に限らず,原子力賠償紛争解決センターでの和解は,被害の発生が終了するまでの間は,基本的に全て内払いを前提とするべきです。

4 仮払金の取り扱いについて
仮払金については,本件和解提示金額からの控除はせず,後日,損害額の全額が確定した際に最終清算されるのが相当である。

 

今回の和解案を提示した仲介委員は,当弁護団の主張を容れ,東京電力から既に支払われていた仮払金につき,今回の和解提示金額から控除しないという柔軟な対応をとりました。当弁護団は,未だ原発事故が終息しておらず,損害額の全額が確定してもいない状況下において,和解提示金額から仮払金の控除をすることは,被災者の生存・生活を脅かすこととなり,被災者の生活補償という仮払金制度の趣旨自体を没却するものである等と主張してきたものですが,原子力損害賠償紛争解決センターが当該主張を受け入れたことは被災者の生活補償という観点から妥当と評価できます。
なお,本件原発事故のもたらした甚大な被害の実態および放射線の影響下で暮らし続けるリスクについて実証が何らなされておらず,今後生じ得る事態を確実に予測し得ない状況下にあること等に照らせば,被災者にさらなる損害が生じる可能性が容易に想定し得ることから,上記のような被災者の生存・生活に配慮した柔軟な対応は,今回の和解案を提示した仲介委員のみならず,他の仲介委員にも当然求められるものです。

 

5 弁護士費用の負担について
本件は未曾有の原子力損害によるもので,本件申立の難易度その他一切の事情に鑑みると,本件事故により避難を余儀なくされ,従前の生活環境から突如切り離された申立人らが,本件和解仲介手続において円滑に審理を進行し,紛争を解決する上で弁護士の助力を得ることが必要不可欠と認められる。とりわけ本件は,未だ先例となる解決事例がない中で,慰謝料や財物損害といった困難な論点を扱うものであり,専門的知見に基づく弁護士の助力が不可欠であったといえる。
弁護士費用は,弁護士費用以外の和解金額合計の3パーセントの範囲で認めることが相当である。

 

和解案が指摘するとおり,本件の事故の損害算定は,高度な専門的知識を必要とするものであり,被害者が自己が被った損害の賠償請求を弁護士に依頼した場合に発生する弁護士費用は,当然に被害者に生じた損害として東京電力が負担すべきものであります。本件和解案は,このことを明確に認めた点で評価されるべきです。
ただし,弁護士費用を和解金額合計の3パーセントの範囲でのみ認めるとしている点については,その理由が示されておらず,被害者の損害として認められるべき弁護士費用の範囲については今後に更に検討される必要があります。

<最後に>
当弁護団としては,本件和解案で提示された具体的金額の妥当性やその他の論点に関する判断の当否はさておき,本件の仲介委員が,上記の内容の被害者の早期救済を実現する契機となり得る和解案を示したこと自体は大きく評価するものです。
東京電力には,本件の和解案を十分に尊重した上で,被害者に対する早期の適正な賠償を行うことを強く求めます。
また,原子力損害賠償紛争審査会の全ての仲介委員には,本件の和解案が示した考え方,和解成立に向けた姿勢を十分に尊重していただき,さらに被害者の早期救済,必要十分な損害の賠償の実現に結びつく今後の和解仲介手続の進行を遂行していただくことを強く求めるものです。

平成23年12月30日

東日本大震災による原発事故被災者支援弁護団

※太字、斜字部分がセンター側の提案です。